ママ友

感じよく話すのに、別れた後はいつも疲れていた

Kさん・40代

子どもが幼稚園に上がってすぐ、私は同じクラスのママたちと仲良くなりました。知らない土地での子育てに心細さを感じていた私にとって、声をかけてくれた人たちは、まさに「心強い仲間」でした。

最初は、心強い仲間だと思っていた

引っ越してきたばかりで、近くに頼れる人がいなかった私に、グループの中心にいたAさんは真っ先に話しかけてくれました。「わからないことがあったら、何でも聞いてね」。その言葉が、どれだけありがたかったか。

ランチに誘ってもらい、行事の情報を教えてもらい、子ども同士も一緒に遊ぶようになりました。私はようやくこの街に居場所ができた気がして、グループの集まりにはできるだけ顔を出すようにしていました。あのころの私は、この関係がずっと続く心の支えになると、疑いもなく信じていたのです。

少しずつ増えていった、小さな違和感

最初に「あれ?」と思ったのは、習い事の話題のときでした。「うちはもう英語とスイミング、両方やってるよ。◯◯ちゃんは、まだ何もしてないの?」。悪気のない口調なのに、なぜか胸の奥がちくりとしました。

持ち物のことも、よく話に出ました。新しく買った子どものリュックを「それ、お手頃なやつだよね」と笑いながら言われたこともあります。Aさんはいつも、自分の子の服やグッズがいかに良いものかを、さりげなく、でも確実に伝えてくる人でした。

決定的だったのは、噂のことです。私が「夫の転勤があるかもしれなくて、不安で」と、ぽろっと打ち明けた話。数週間後、別のママから「引っ越すかもしれないんだってね」と声をかけられました。あの話をしたのは、Aさんだけだったのに。子どもの偏食で悩んでいると相談したことも、いつのまにか「あそこの子、好き嫌いが多いみたい」という形で、グループに広まっていました。

集まりの後、いつも理由のわからない疲れが残った

それでも私は、「考えすぎかもしれない」と自分に言い聞かせていました。Aさんは親切な人だし、私のためを思って言ってくれているのかもしれない、と。

けれど、体は正直でした。集まりに参加した日の夜は、決まってどっと疲れていたのです。楽しかったはずなのに、家に帰るとぐったりして、何も手につかない。次の約束が近づくと、理由もなく気が重くなる。笑顔で過ごしているのに、心はずっと身構えていました。

その疲れは、気のせいではなかったのだと思います。比べられ、値踏みされ、話したことが筒抜けになる。そんな場の中で、私はいつも少しだけ、自分を守るために緊張していたのでしょう。

「私が我慢すればいい」を、やめた日

ある日、いつものように集まりから帰ってソファに沈み込んだとき、ふと思いました。「私は、この時間で何を得ているんだろう」と。

情報も、つながりも、たしかにありました。でもそれ以上に、自分がすり減っていました。我慢して合わせ続けるのが正しいことだと思い込んでいたけれど、本当はもう、ずいぶん前から無理をしていたのです。

落ち着いてから、あの関係を一つひとつふり返ってみました。習い事で比べられたこと、リュックを笑われたこと、打ち明けた話が筒抜けになっていたこと。一つずつ思い出すたびに、集まりの後にどっと疲れていた理由が、はっきりと輪郭を持ちはじめました。表面は親切なのに、一緒にいると消耗する。その感覚は気のせいではなかったのだと、私はようやく、自分の違和感に「それで正しいよ」と言ってあげられた気がしました。

Aさんを、悪い人だと決めつけたいわけではありません。たぶん彼女も、自分の中の不安を埋めるために、誰かより上にいたかっただけなのだと思います。それでも、彼女の不安に私が付き合い続ける義理は、もうありませんでした。

感じよく、でも渡しすぎない

そこから私が変えたのは、たった三つのことでした。

ひとつめは、会えば今まで通り、感じよく挨拶すること。関係を切ろうとはしませんでした。子ども同士のつながりもあるし、波風を立てたくもなかったからです。冷たくするのではなく、あたたかいまま、心の距離だけそっと一定に保つ。最初はぎこちなくて、笑顔が引きつる日もありました。それでも会うたびに少しずつ、自分にとってちょうどいい温度がつかめるようになっていきました。

ふたつめは、家庭のことや本音を、渡しすぎないこと。話を振られても「うーん、どうだろうね」とやわらかくぼかして、別の話に移す。言いたくないことを言わないのは、心を閉ざすことではなく、自分の領域を守る当たり前の選択なのだと、ようやく思えるようになりました。

みっつめは、毎回すべての集まりに無理して出るのを、やめたこと。用事を理由に、少しずつ参加の頻度を下げていきました。全部に顔を出さなくても、関係が壊れるわけではない。そう自分に言い聞かせながら、上手に断ることに、時間をかけて慣れていきました。

肩の力が抜けたら、子どもの表情も変わった

不思議なもので、私が身構えるのをやめると、集まりの後の疲れはずいぶん軽くなりました。グループの全員と仲良くしようとするのをやめて、本当に気のおけない一人のママと、ゆっくりお茶をする時間を大事にするようになりました。会う人の数は減ったけれど、心はずっと満たされています。

そして何より変わったのは、子どものことです。私がいつもどこか緊張していたころ、子どもも私の顔色をうかがっていた気がします。私が穏やかでいられるようになってから、家の中の空気がやわらかくなって、子どももよく笑うようになりました。

合わない人とは、感じよく、浅く。本当に安心できる人を、そっと大切に。たったそれだけのことで、私の毎日はずいぶん生きやすくなりました。あのとき、自分の違和感を信じてあげられて、本当によかったと思っています。

※ プライバシーに配慮し、内容を構成しています。

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